最高裁判所第二小法廷 昭和46年(オ)734号 判決 1971年12月03日
上告人
前田政広
代理人
中井弥六
柴武三
被上告人
高木証券株式会社
代理人
船内正一
被上告補助参加人
興和信用組合
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人中井弥六、同柴武三の上告理由第一点ないし第五点について。
一般に、家屋の賃貸人である所有者が右家屋を他人に譲渡し、所有権が譲受人に移転した場合には、これとともに賃貸人たる地位も譲受人に移転し、譲受人は、以後、賃借人に対し、賃料請求権を取得するものと解すべきである。この場合、譲受人がいまだその所有権移転登記を経由していないときは、同人は、賃借人に対して自己が所有権を取得し、したがつて、賃貸人たる地位を承継したことを主張しえないものと解すべきであるが、逆に、賃借人がこの事実を認め、譲受人に対して右承継後の賃料を支払う場合には、右賃料の支払は、かりに右承認前に遡つて賃料を支払う場合においても、なお債権者に対する弁済として有効であり、譲渡人は、賃借人に対し、右賃料の支払を妨げることができないものといわなければならない。けだし、右譲渡後賃借人がその事実を認める以上、譲渡人は、もはや賃貸人の地位を有せず、したがつて、賃料債権を有しないものであつて、自らこれを取得しうべきいわれはないからである。
ところで、原審の確定するところによれば、被上告人の補助参加人は、昭和三八年二月二〇日訴外中岡に対し、本件建物に対する代物弁済予約完結の意思表示をして右建物の所有権を取得したもので、その後、右両者間に裁判上の和解が成立してはいるが、これも、右補助参加人の前記所有権移転を前提としたものにすぎないというのであり、被上告人は、昭和四一年六月二四日右補助参加人に対し、同人が賃料債権を有するものとして、本件建物の昭和四〇年六月一日から翌四一年六月末日までの賃料を支払つたというのである。そうであれば、昭和三八年二月二〇日以後の本件建物の賃料債権は、他に特段の事情の認められない本件においては、右補助参加人が取得していたものであり、被上告人は同人に対して右債務を認めてこれを支払つたものというべきであるから、同人の右賃料の支払は、債権者に対する弁済として有効であり、これによって、本件賃料債権は消滅したものといわなければならない。
以上説示のとおりであるから、原判決中、右賃料の支払を債権の準占有者に対する弁済として有効と認めた点は、法令の解釈適用を誤つたものというべきであるが右弁済が有効であつて、本訴請求権が、その譲渡通知前に消滅した旨の原審の判断は相当である。したがつて、債権の準占有者に対する弁済の効力に関して原判決の違法をいう所論第一点は、結局原判決の結論に影響のない議論であつて、採用に値しない。そして、右弁済が、本件債権の譲渡通知前にされたものであることは、原審の確定するところであるから、右弁済の効力に関しては、本件建物の所有権移転または本件賃料債権の二重譲渡の問題を考慮する要のないことは明らかであつて、所論第二点の主張はいずれも理由がない。所論第三点の上告人の主張が理由のないことは、前記説示に照らして明らかであつて、原判決がこれを当然の理として排斥したものであることは原判文上明らかであり、原審が予断をもつて本件を審理判断したと認められる事実は、記録上なんらこれを認めるに足りる資料はないから、所論第四点の違憲の主張もその前提を欠くことが明らかであり、原判決に所論の違法があるとはいえない。したがつて、論旨はすべて採用することができず、本件上告は結局理由なきに帰し、棄却を免れない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(岡原昌男 色川幸太郎 村上朝一 小川信雄)